五所川原簡易裁判所 昭和36年(ハ)143号 判決 1964年2月10日
原告 鹿内富弘
被告 一戸彦一
主文
被告は原告に対し金五万円およびこれに対する昭和三五年一二月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、昭和三五年七月二六日原、被告間に、所有権移転につき県知事の許可を停止条件として
(一) 被告は原告に対しその所有である青森県北津軽郡鶴田町大字梅田字福浦三一四番の二号畑三反六畝五歩を代金八五万円にて売渡すこと。
(二) 原告は被告に対し右代金の内金七〇万円を契約と同時に、残金一五万円は同年一〇月三〇日所有権移転登記完了と同時に支払うこと。
(三) 被告は原告に対し右土地を契約の翌二七日引渡すこと。
の契約が成立した。
ところが、同月二八日被告は原告に対し右売買契約解除の意思表示をなしたため、原、被告協議の結果、両者間に被告は原告に対し違約金として金五万円を同年一二月二〇日限り支払うことの契約が成立したので、原告は右被告の解除申込を承諾し原、被告間の右売買契約は合意により解除された。
なお、右違約金の性質は、契約解除によつて原告の蒙る損害の賠償である。
従つて原告は右約旨により被告に対し右違約金五万円およびこれに対する支払期の翌日の昭和三五年一二月二一日から完済まで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。と述べ
被告の抗弁事実中被告から同年一二月九日付で内容証明郵便による催告のあつたことは認める。また農地法第三条による許可申請手続をなし、その許可のあつたことは認めるも、それは金八五万円の売買契約成立と同時に農業委員会に依頼したものであるが、契約解除による取消をしなかつたがためである。
その他はすべて否認する。と述べ
立証として、甲第一号証の一ないし四を提出し証人鹿内富太郎(第一、二回)の証言を援用し、乙第一ないし三号証の成立を認める、同第四号証中郵便官署の作成部分の成立は認めるもその他の部分の成立は否認する、と述べた。
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中売買契約の日を除き、その他は認める。
そして右契約の日は同月二五日である。
しかし、右違約金契約については次のような条件が付されてある。即ち右金八五万円の売買契約は原告の父訴外鹿内富太郎と被告の父一戸直一との間に原、被告の名義をもつてなしたのであるが、その同一目的物件につき更にその翌二六日原、被告本人間に前同様県知事の許可を停止条件として
(一) 被告は原告に対し右物件を代金一〇五万円にて売渡すこと。
(二) 原告は被告に対し右代金の内金一五万円を契約と同時に残金九〇万円は昭和三五年一二月二〇日所有権移転登記完了と同時に支払うこと。
の契約が成立した。それで右は同一物件につき二重の売買契約が成立したので、原、被告は同年七月二八日前の金八五万円の売買契約を合意解除した。そして、その際被告は原告に対し右解約による違約金として金五万円を支払う契約をなしたがその支払は原告において後の契約による売買代金一〇五万円をその約定期限までに完全に支払うことを停止条件としたものであるそうして原、被告は右金一〇五万円の売買契約により同年八月八日農地法第三条による許可申請手続をなし、同月二五日右申請は許可された。そこで、被告は原告に対し右売買契約による代金の支払期限前である同年一二月九日内容証明郵便をもつて売買代金一〇五万円を約定期限までに支払うよう若し右期日までに履行しない場合は右売買契約を解除する旨催告し、その催告書は同月一〇日原告に到達した。ところが原告は、右約定期限までに売買代金を支払わなかつたため、さきになした条件付違約金契約は右条件の不成就により無効に帰し、かつ後になした売買契約もまた約定および催告による支払期日である同年一二月二〇日の満了により解除されたものである。
仮に、被告の右主張は理由がないとしても、本件違約金契約は県知事の許可を受けていない無効の農地の売買契約に基くものであるからこれまた無効である。
従つて、原告の請求には応じられない。と述べた。
立証<省略>
理由
原、被告間に本件土地につき、原告主張のような売買契約(契約の日時を除く)、同契約の解除、その契約解除に伴う違約金契約のあつたことおよびその違約金の性質については当事者間に争いがない。
そこで、被告抗弁の違約金契約に対する附帯停止条件の有無について検討する。
(イ) 先づその主張の代金一〇五万円の売買契約の成否について考えるに証人鹿内富太郎(第一、二回)同一戸直一(第二、三回)の各証言および被告本人尋問の結果によれば、訴外鹿内富太郎は原告の父で原告の代理として、また訴外一戸直一は被告の父で被告の代理として、更に訴外一戸は訴外今勇を復代理として、当初から本件土地売買に関する交渉ないし契約締結の衝に当り、原、被告はそれに直接関与しなかつたこと。を認めることができる。
右認定に反する証人一戸直一の証言(第一回)部分は信用しない。
そうして、成立に争いがない甲第一号証の二(同証の四は同一内容の書面)乙第三号証、証人一戸直一の証言により訴外今勇が作成したものと認められる乙第一号証(甲第一号証の三は同一内容の書面)前掲証人一戸直一、同鹿内富太郎の各証言および弁論の全趣旨を綜合するに、訴外一戸は本件土地売買について、訴外今をして訴外鹿内と交渉させていたこと。その結果訴外今は訴外鹿内と代金八五万円で売買することの話がまとまつたので、昭和三五年七月二三日訴外一戸と訴外鹿内との間に、被告は原告に対し本件土地を代金八五万円にて売渡すことの売買の予約をなさしめ、その旨の証書(乙第三号証)を作成したところ、訴外一戸から自分の方の売買指値は金一〇五万円である旨指摘されたのに対し証書には金八五万円と記載しても金一〇五万円で売買してやるのだからといつていたこと。次で同月二六日代金八五万円の売買の本契約を締結した際訴外今は、その契約書を作成するに当り訴外鹿内、同一戸に秘して策を弄し、代金八五万円の売買契約書(甲第一号証の二)の外に代金一〇五万円の売買契約書(乙第一号証)をも作成し、両訴外人から原、被告の印章の交付を受けて右書類の原、被告名下に押捺したところ、訴外一戸より代金八五万円の売買契約書を発見され、同訴外人から自分の方では金一〇五万円でなければ売らないといわれたのに対し契約書には金八五万円と書いてあつても金一〇五万円で売つてやるのだから心配するなと前示予約の際と同様のことをいうていたこと。代金一〇五万円をもつて売買するということについては訴外一戸と訴外今との間における話合だけのことであつて訴外鹿内に対しては交渉したことはなくまた同訴外人においては全く関知していないこと。の各事実を認めることができる。
証人一戸直一の証言および被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用しない。
被告は代金一〇五万円の売買契約は原、被告各本人の間に成立したものであると主張するも、これを認められる証拠はない。
なお、被告は代金八五万円の売買についての本契約の成立の日は同月二五日であると主張するも、前示乙第三号証には「双方その責務を来る七月二五日合議の上完了し得ること」とあつて被告の主張に副うような記載をなしてあるが、前掲甲第一号証の二は前説示のように前示乙第一号証と同時に作成されたことが認められるので、反証ない限り右各証書が作成された同月二六日であることが推認できる。
(ロ) 次に売買契約解除事由および前示甲第一号証の一(解約書)に同証の三(乙第一号証)を添付のうえ処理されてある点について考察するに
前示証人鹿内富太郎、同一戸直一の各証言、被告本人尋問の結果によれば、本件土地についての売買契約の解除は、被告主張のように二重契約によるものではなく、代金八五万円にて売買契約成立後、被告においてその代理人のなしたりんごの実付きの売買価額金八五万円の契約をもつてはその契約上の履行をなすことができないということで、被告の一方的事情に因るものであつたことが認められる。
また、前示甲第一号証の一に同証の三を添付してある点については、前示甲第一号証の三(乙第一号証)は前示認定のように訴外今の作為によるものであるが原、被告の印章が押捺されているところから後日の紛争を避けるため、この書類の始末の便宜上(甲第一号証の二、三とも各二通作成され甲第一号証の二の分は同証の四と共に二通添付されてあるが同証の三の分は一通しか添付されていない)これを含めて一括処理されたものと推察される。
(ハ) 次に農地法第三条の規定による許可申請手続について考えるに
成立に争いがない乙第二号証前示証人鹿内富太郎の証言によれば、前示金八五万円の売買本契約成立の際その場に居合せた農業委員会の職員に県に対する売買による所有権移転の許可申請手続を依頼したこと。そして契約解除の時訴外鹿内は訴外一戸に対し農業委員会に右許可申請手続の取消方を依頼したのであるが、訴外一戸はその取消手続をなさずそのまま放置したため許可されるに至つたことが認められる。
前示証人一戸直一の証言および被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用しない。
他に以上各認定を覆すに足りる証拠はない。その他の被告の違約金契約に対する附帯条件の存在を前提とする主張は以上の認定により他の判断を俣つまでもなく理由がない。
そうすると、本件違約金契約に被告の主張するような条件は附帯していなかつたということになる。
更に、被告抗弁の県知事の許可を受けていない無効の農地の売買契約に基く違約金契約はこれまた無効であるとの点について考察するに
農地法にいう都道府県知事の許可を受けない以前における農地の売買並びに所有権移転の契約は法律上どのような効力をもつものかであるが、本法が農地その他について権利の設定および移転を制限している趣旨は、本法にいうところの耕作権の保護、耕作者の地位の安定と農業生産力の増進を目的とするものである。従つてこの趣旨に反する契約は違法であり、かつその契約を基礎としそれと不可分の関係にある契約もまた無効であることはいうまでもない。しかしこれに反しない限りにおいては、右権利の設定および移転も必ずしも許されないものではなく、ただその趣旨に反するかどうか、つまり権利の設定移転を許すかどうかの判定は本法によつて都道府県知事に委せられているところである。さすれば、単なる債権契約としての売買並びに所有権移転の契約に止まる間は、本法の趣旨に反するかどうかは未定の状態にあるのであつて、これに対し許可があれば爾後その所有権を移転することができ、若し右許可が得られなかつた場合には契約の目的物の引渡ができない関係にあるだけのことである。故に右許可を受けていないというだけの理由で直ちに右の債権契約が遡つて無効となるものではない。されば右許可は権利変動の効力を完成せしめる行為に過ぎないものと解せられる。また本法の趣旨からしても、現実の権利変動についてのみ国家的干渉を行えばその目的は充分に達成できるのであつて、殊更に契約自由の原則を不必要に制限すべき趣旨のものではないと解するのが妥当と考える。
従つて、本件農地についての売買契約は有効にして、その契約解除を前提とする違約金契約もまた有効と解すべきであるから被告の主張は理由がない。
そうすると被告は原告に対し本件違約金契約に基く違約金の支払義務あるものといわなければならない。
従つて、被告に対し違約金五万円およびこれに対する支払期の翌日の昭和三五年一二月二一日から完済まで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村田三良)